●中国民俗学 ちゅうごくみんぞくがく
アジア 中華人民共和国 AD
中国における民俗研究発生の契機は,民国初年の新文化運動にあった。運動の中心が知識人であったため,民俗学も大学を中心に展開したが,当時混乱を極めた中国ではその拠点は数度にわたり移動した。戦前の民俗学の展開はその拠点によって,三つの時期に分けられる。【北京大学歌謡研究会】新文化運動の中心は北京大学だった。この運動は「民主と科学」を標榜し,民衆の生きた話しことばによる新文学の建設を目的とする白話運動に発展した。その過程で民衆の間に伝わる歌謡が注目されるようになり,1920年に北京大学歌謡研究会が発足し,1922年には周作人・常恵の主編で『歌謡週刊』を発刊した。歌謡の蒐集は若いインテリの興味を刺激し,1925年までに17省から1万3,000首以上の歌謡が集められ,その成果として三つの研究方向が生まれた。第1はモチーフの地方的差異に注目することによって伝播経路の解明が試みられ,その方法として比較研究法が用いられた。第2は漢民族にとどまらず,周辺少数民族の歌謡蒐集にまで発展した。第3は,歌謡を古典研究と結びつけることによって胡適・顧頡剛らが新境地を拓いた。初期の中国民俗学は文学革命の一端として発足したため,文芸と深い結びつきをもっていた。
【中山大学民俗学会】当時国民革命の根拠地であった広東に1924年,中山大学が開設された。1926年に開始された北伐のために,北京大学の進歩的な学者が中山大学に移るに伴い,民俗学研究の中心もそこに移動して新たな展開を見せることになった。それまでの口承文芸中心の民俗研究から,民俗学として民衆の風俗・信仰・習慣にまで研究範囲を広げようという趣旨で,1927年に中山大学民俗学会が結成された。翌1928年3月に『民俗週刊』を発刊した。途中二度にわたって停刊し,1935年から『民俗』季刊と改称,1943年に停刊となるまで民俗学関係の雑誌としては最も長く継続した。学会の趣旨のとおり口承文芸だけでなく,理論も含めた広い範囲にわたって論考が寄せられた。そのほかに36冊の『民俗学会叢書』も出版され,この時期に民俗学も学問として飛躍的に発展した。
【抗州大学中国民俗学会】中山大学の活躍に刺激され,周辺の地方でも民俗学活動が興こりはじめた。1930年代に入ると中山大学から抗州大学へ移り,鐘敬文の組織した中国民俗学会を中心に,福州・厦門・寧波など10以上の地方に郷土研究的な国体が生まれ,それぞれ雑誌を発行した。しかし,上海事変以後,研究活動は中断され,1933年ごろに北京大学の『歌謡週刊』や中山大学の『民俗』が復刊されたものの,日中事変・内戦と続く混乱のなかで戦前の民俗学研究は頓挫せざるを得なかった。
【解放後の活動】新体制国家のもとでは,戦前と異なる新しい意味をもった民俗学活動が展開された。1950年に中国民間文芸研究会が成立し,『民間文芸集刊』を三期まで発刊した後,1955年からは『民間文学』を刊行した。それは1966年に停刊となったが,1979年に復刊され現在に至っている。民間文芸は,北京大学で展開した歌謡運動の精神を継承し,毛沢東の延安文芸座談会の理念に従って,民衆によって創作された口承文芸を研究することを目的としている。そのため太平天国・義和田・共産党などの新たに創作された革命的な故事や歌謡をも研究対象としている点に特徴がある。また少数民族に関心が向けられ,その習俗や口承文芸の採集・研究にも成果が上げられている。民俗全般にわたる研究は進められていなかったが,1983年5月に中国民俗学会が成立し,幾つかの高等教育機関で民俗学の講座が開かれており,近年民俗学の研究体制が整いつつある。また専門的教育を受けていない研究者の参考にと中山大学の『民俗』が復刻され,これからの活動に期待がもたれる。
〔参考文献〕直江広治『中国の民俗学』1967,岩崎美術社
烏丙安『民俗学叢話』1983,上海文芸出版社