●中国内戦 ちゅうごくないせん
アジア 中華人民共和国 AD1947 中華民国
日中戦争の最中においては,中国における国民党と共産党とは,抗日民族統一戦線を結成し協調の姿勢を採っていた。しかし日本の敗北後,アメリカの援助を得た国民党の蒋介石政権は,中国共産党の勢力を排除しようとしたので両者の対立は再び激化するに至った。1945年11月,トルーマン大統領は,マーシャル元帥を特使として国共調停のために派遣し,1946年1月には政治協商会議が開かれたが調停工作は最終的には失敗した。蒋介石は1947年3月大規模な攻撃を開始し,中国共産党の根拠地延安を占領したが,東北地区に一時後退した中共軍は1948年初頭より総反攻に転じた。中国共産党は解放区において土地改革を進めて農民の支持を得,一方国民党政権は腐敗が激しく,中共軍の南下を食い止めることができなかった。1949年5月蒋介石の国民党政府は台湾に遷り,この年10月,共産党を中心として中華人民共和国が成立して内戦は終結した。