●中国長春鉄路 ちゅうごくちょうしゅんてつろ
アジア 中華人民共和国 AD
東清鉄道あるいは東支鉄道とも称された。満州里より綏芬河に至る横断線と,ハルビンより大連・旅順に至る縦断線より成る。三国干渉の結果,1896年(光緒22)の露清条約によりロシアによって建設されたが,日露戦争により長春以南が日本に譲渡された。日本は1907年(明治40)南満州鉄道株式会社(満鉄)を設立してその運営にあたった。長春以北については利権回収をはかる中国とソ連の間に紛糾が見られ,1926年(民国15)には満州里国境での中ソ武力衝突にまで発展している。満州国成立後,1935年(康徳2),満州国は日本の援助下に長春以北をソ連より買収し,その経営を満鉄に委託する形式がとられ,全線が同社の経営下に収められるに至った。1945年(康徳12)8月,日ソ開戦に伴い,同年8月14日,中ソ間に中国長春鉄路に関する協定が結ばれ,中国とソ連の共同所有・経営とされたが,1952年(民国41)中国に返還された。