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●中国地方 ちゅうごくちほう

アジア 日本 AD 

 本州の西部を占める地帯をさす。かつての山陽道のうち,美作・備前・備中・備後・安芸・周防・長門と,山陰道の因幡・伯耆・出雲・石見・隠岐の12カ国をさす。現在この地方は,中国脊梁山地・吉備高原・瀬戸内海沿岸と内海諸島・山陰海岸の五つに地域区分することも可能である。脊梁山脈以北は日本海岸気候,以南は瀬戸内海式気候帯を形成している。中国地方とは畿内と西国の中間よりきたものと考えられる。この地域は縄文・弥生時代の遺跡も多く,古くから発達していた地域でもあり,吉備とか出雲は古代にも強力な王権を確立していたとの説も成り立つほどである。律令制下でも山陽道のみは大道で,日本の幹線道路であったこと,九州と近畿との中間にある。その接触地帯を形成していた。その結果,両方の影響を受けている。

【中国脊梁山地】中国地方の脊梁山地は,あまり高くない山が続いている。そこには前述したように石見高原・吉備高原が含まれ,山陰・山陽両道の分水嶺をなしている。江川の広い流域によって山地は二分され,東部を中国山地といい,西部を冠山(かんむりやま)地帯また西中国山地と呼んでおり,1,000mを超えるが浸食平坦面を残し,山頂近くに“のろ地形”が示されている特徴をもつ風化花崗岩から砂鉄がとれ,古くから“たたら”吹地帯として砂鉄製鉄地帯として有名な地域を構成し,山間部の大地主がそれを掌握している。そして古代製鉄・中世刃物生産地帯を形成し,そうした歴史的産業遺跡の存在する地域である。鉱山としては石見大森銀山が有名で,徳川幕府の直轄地でもあった。そのほかに薪炭生産・牧牛地帯として名を馳せている。吉備高原は,小起状の多い準平原状浸食面でそこに残丘を残している。200〜600mの高原である。

【瀬戸内海沿岸地帯】中国地方の瀬戸内沿岸地帯は,水島灘・周防灘沿岸に重化学工業地帯が形成され,風光明媚な白砂青松地帯が工場化し,各地の工場の廃棄物や都市生活の汚水によって海水が富栄養化し,赤潮を発生し,瀬戸内海のかき・はまちなどの養殖漁業に打撃を与えるのみでなく,内海漁業とくにタイ・サワラ・タコ・ハモ・アナゴに影響を与え,ハマチ・クルマエビの養殖を苦況に立たせている。

 かつて栄えた十洲塩田の面影は製塩技術の変化によって失われ他へ移動している。この地域は古代以来の海路として発展し,沿岸には下津井・鞆の津・尾道・宮島・上の関などの港が栄えていた。その上,この地域の島々を拠点に水軍(海賊)がバンキョ※注1※して内海航路を脅かしていた。大小2,400の島は八灘から囲まれている上にいくつかの水道で外海と通じている。ここは朝なぎ・夕なぎが現れ,帆船時代には風待港も各地にできている。いずれにせよ畿内と九州を結ぶ中間地帯であったといえる。海図をみると克明に岩礁その他が書き込まれ,城下町への通路が記述されている。

【山陽道】畿内と九州を連ねる文化廻廊地帯を形成し,工芸・園芸作物生産地帯で集約農業が盛んであるとともに,臨海工業地帯をつなげている。山陽新幹線と山陽本線の連なり,中国自動車道の開通はますます近代化の歩を進めさせることとなる。その結果中国山地は最も過疎化が進み,山陽道や瀬戸内海沿岸地帯へと人口移動を進ませている。とくに岡山・倉敷・福山・三原・広島・岩国・徳山・小郡・下関を発展させる。この地域は雨量が少なく晴天期間が多い。鉄道網は比較的網の目のようにつくられている。

【山陰道】この地域は新幹線もなく後進性が強い。しかし山陰海岸・大山隠岐国立公園はじめ観光資源に富み温泉も発達している。鳥取砂丘は特別保護地帯である。江戸時代は日本海沿岸航路が発達し,港町は栄えていた。その上出雲大社は信仰の地でもあり,また牛の飼育がさかんで闘牛地帯でその年中行事が残り,加えて日韓間の交易も盛んな地域であった。大山は牛馬市で有名である。石見は狐憑き風俗が盛んで,新興商人層をその憑き物を代表する者として排斥している。

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