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●中央アジアの諸民族 ちゅうおうアジアのしょみんぞく

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 ソ連邦中央アジア(ウズベク・キルギス・トルクメンタジク共和国)及び中国新疆ウイグル自治区に住む諸民族。この地域では古代よりさまざまな民族・国家が興亡したため,現在も複雑な民族構成を示す。9世紀にトルコ人が進出する以前はインド=ヨーロッパ系の言語を用いるアーリア系の人々が住んでいた。彼らはオアシス都市で農業・商業活動に従事し,仏教・ゾロアスター教・マニ教・ネストリウス派キリスト教を信仰した。9世紀中葉,ウイグル人のタリム盆地オアシス地帯への移住とともに中央アジアの“トルコ化”が始まる。トルコ人は徐々にイスラーム教を受け入れ,パミールの東西にトルコ=イスラーム世界が成立する。14世紀後半のチムールによる大帝国建設によって中央アジア文化はその頂点に達した。チムール朝時代,建築・芸術・文学の分野でトルコ=イスラーム文化が花開いた。16世紀初頭,チムール朝崩壊後,パミール以西でウズベクなど新しい民族が形成され,同じ時期,タリム盆地のオアシス定住社会でも新ウイグル民族の形成が始まった。最近はロシア・漢文化が浸透し,社会主義化・工業化が進行している。

【ソ連邦中央アジアの諸民族】総人口2,548万人(1979)。主要な住民はトルコ系のウズベク人キルギス人トルクメン人とイラン系のタジク人とスラブ系のロシア人。歴史的にはイラン系が最も古いが,トルコ系によって山岳地帯へ追いやられた。ロシア人の進出は比較的最近で,人口も13%程度。人種的にはトルクメン人と一部タジク人コーカソイドに属し,キルギス人はモンゴロイドに属する。ウズベク人と大部分のタジク人コーカソイドだが,モンゴロイド的要素が混ざっている。ウズベク人はソ連邦中央アジア総人口の半分近くを占める。もともとキプチャク=ハン国内に住んでいた遊牧トルコ人で,15世紀中葉に国家を形成して南下した。チムール朝を滅ぼしパミール以西のオアシス地帯に移住して定住化を始めた。現在,主に農耕に従事し,綿花・果樹栽培などを行う。キルギス人はテンシャン(天山)山脈の山間盆地で羊・牛・馬を飼養していた。ロシア革命後,定住生活に移行して農耕に従事する者も増えた。トルクメン人はかつては半砂漠で遊牧的牧畜に従事し,カラクリ種の羊やラクダを飼養していた。革命後,近代的牧畜方法を導入。タジク人は中央アジア先住民の直系の子孫で,革命前はパミールの山岳地帯で生産性の低い農耕を営んでいた。現在は灌漑事業を成功させ綿花栽培に従事する。中央アジアには,ほかにトルコ系のカラカルパク人タタール人・カザフ人や朝鮮人・ウクライナ人など数多くの民族が住む。都市のトルコ系住民にはスンニー派イスラーム教徒が多かったが,遊牧民のあいだではシャーマニズムも根強く残った。中央アジアの四共和国の人口増加率は,ソ連のほかの地域に比べて著しく高い。トルクメン・タジク・ウズベク・キルギス人の出生率はロシア人の出生率の倍以上に達する。将来,非ロシア系住民の影響力がますます増大すると予想されている。

【新疆ウイグル自治区の諸民族】総人口1,316万人(1982)。二大民族のうち,トルコ系のウイグル族(45%)が漢族(40%)をわずかに上回る。ほかにカザフ族(7%),回族(4%)や少数のモンゴル・キルギス・シボ族・タジク族が住む。オアシスに住むウイグル族は農耕に従事し小麦・綿花・トウモロコシなどの生産を行ってきた。トゥルファンのブドウとゼンゼン※注1※のハミ瓜も有名。解放後,漢族の“生産建設兵団”が原野を開拓して耕地を増やし,農業生産を拡大させた。他方,漢族の激増と漢文化の浸透に伴い,ウイグル族と漢族の紛争も惹き起こされている。天山山脈の北ではカザフ族が羊・馬を飼養している。トルコ系住民のイスラーム教に対する信仰は今もなお根強い。

〔参考文献〕間野英二『中央アジアの歴史』1977,講談社

村松一弥『中国の少数民族』1973,毎日新聞社

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