●チャンパ米 チャンパまい
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インドシナのチャンパ(占城)原産で,中国に伝来したセントウ※注1※に属する稲。古くから福建省で栽培が始まっていたが,北宋時代に他の地域まで普及していった。北宋第3代真宗の景徳年間(1004〜1008),魯山(河南省)の令であったコウコウ※注2※が郷里の福建から旱稲を入れ,民に教えて高収穫を得た(明・徐献忠撰『呉興掌故集』巻13)。この旱稲を献中は占城稲という。政府の関与で栽培地域が拡大したのも真宗時代であった。占城稲は肥地・やせ地を問わない耐旱性の早熟稲で,粒はやや細い小米。飯としてやや硬いのが特徴。長く保存がきかない欠点があり,宋代租税として納めるには不適当であったので,価格は安く多く庶民の食糧となった。すでに南宋時代の江西省・安徽省方面では,8割前後まで占城稲が栽培されていた。この早種早熟性を利用して,在来の晩稲種などと組み合わせて水稲二期作を可能にしたことは注目すべきことである。日本にも江戸時代の元禄年間(1688〜1704)に渡来したが,あまり普及しなかった。
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