●チュイコーフ
AD1900
1900〜1982 ソ連の軍人,元帥。共産党中央委員。モスクワのセレーブリャヌイ=プルディーの生まれ。1919年に共産党に入党。1925年フルンゼ軍大学を卒業。1939年のソ連−フィンランド戦争の時には,第4軍の司令官として参加した。1941〜1942年には中国軍事顧問を務め,1942年以降は軍司令官の任にあたり,第二次世界大戦時には対ドイツ戦争に参加した。特にスターリングラードの戦いにおいては,第62軍を率いてパウルス将軍の率いる30万のドイツ軍に対して頑強に抵抗し,1943年2月にドイツ軍を降伏させた。大戦中の戦功によって,1944年と1945年の二度“ソ連邦英雄”の称号を贈られた。1949年〜1953年にドイツ駐留軍総司令官,1953〜1960年にキエフ軍管区司令官,1960〜1964年に地上軍総司令官,1964〜1972年に民間防衛長官の任にあたった。また1946年から最高裁判所の人民参審員,1961年から共産党中央委員を務めている。著書に回想録『戦火の中の180日』がある。