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●チャールズ2世 チャールズにせい

ヨーロッパ 英国 AD1630 前期スチュアート朝

 1630〜1685(在位1660〜1685)イングランド・スコットランド・アイルランド王国国王。父チャールズ1世の処刑後,ほとんど大陸で亡命生活をしていたが,1660年,ブレダ宣言を発して国王に迎えられた。彼は利己的・享楽的性格の持主であったが,目先の利く妥協性をももち合わせていたので,1680年ごろまでは,比較的議会との協調をはかる政治を行った。当時,最大の難関とされた宗教問題についても,彼自身は旧教徒であったが表面に表さず,「信仰自由宣言」(1672)を発する。もっとも,これは議会により国政に反するとして否認される。彼は1662年,ポルトガル王女キャサリンと結婚するが子供がなく,このことが王位継承問題をひきおこし,議会と対立することになる。議会は熱心な旧教信者の王弟ヨーク公から王位継承権を奪おうと試み,「王位継承排斥法案」を提出するが上院で否決,王もヨーク公を支持する。これを機に,国内では反動的気運がおこり,それに乗じて王は以後議会なしの反動政治を行った。当時は革命を恐れ反動的風潮が一般的だったため,王は即位当初の人気を幾分取り戻した。