50音順    検 索

●チャイコフスキー

NIS諸国 ロシア連邦 AD1840 ロシア帝国

 1840〜1893 ロシアの作曲家。鉱山技師の父のもとで最初法律を学び19歳で法務省に勤務したが,23歳で役人をやめペテルブルグ音楽院に入り,A.ルビンシュタインのもと西欧古典音楽を学習した。卒業後モスクワ音楽院で教え,バラキレフと親交をもち「ピアノ協奏曲1番」「白鳥の湖」などを作曲し,評論活動も行った。1878年メック夫人の援助もあり職を辞して作曲活動に入り,「悲愴交響曲」を自ら初演した9日後に急死するまで,西欧だけでなくアメリカまで旅し(1891),大作曲家としての立場を不動のものとした。作風は「五人組」と違い,精緻な西欧的技法の上にあくまで洗練されたロシア的抒情を色彩豊かに融合させたもので,「エウゲニ=オネーギン」などのオペラ11,「くるみ割り人形」などバレー3,劇音楽9,管弦楽曲37,協奏曲など11,室内楽17,「四季」ほかのピアノ曲集など約30,歌曲集など14,合唱曲27などがある。