●千葉氏 ちばし
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桓武平氏良文流で忠常の子孫。下総国千葉郡の地名を姓とする。いつから千葉氏を名のるかは明確でないが,八条院千葉庄の成立は元永年間(1118〜1120)と考えられ,忠常4代目の子孫常重は,当庄の検非違使所を勤めて千葉大夫と称しているので,おそらくこの12世紀初期であろう。常重の子常胤は下総権介として千葉介を称し,保元の乱に源義朝に従って京都で合戦をしているが,1180年(治承4)の頼朝挙兵に応じて下総守護となり各地を転戦,幕府の宿老として重んじられた。同族で上総・下総きっての大豪族であった上総介広常が頼朝に討たれたこともあって,下総・上総をはじめ薩摩・肥後・美濃・伊賀・陸奥などの各地に所領を得,鎌倉時代に大いに発展する。本宗は代々千葉介を称して下総守護職を継承し,室町時代15世紀中期に一時断絶するが,一族が名跡を継ぎ古河公方の最も有力な支えとなった。しかし北条・里見らとの長期にわたる対戦によってしだいに衰えた。相馬・国分・東などはこの一族で,いずれも妙見信仰によって星辰の家紋を用いている。