●チトー
ヨーロッパ ユーゴスラビア社会主義連邦共和国 AD1892 オーストリア=ハンガリー帝国
1892〜1980 ユーゴスラヴィアの政治家。クロアチアの農家に生まれ、鍛冶屋の徒弟から機械工になった。第一次世界大戦に徴用され、ロシア戦線で捕虜となり、十月革命に出合って赤軍に参加した。1920年に帰国して共産党に加入、組織能力を認められ、1927年にザグレブ地区党書記に就任したが、しばしば投獄された。1934年に党政治局員に選ばれ、翌年コミンテルン書記局員にもなり非合法活動に従事したが、チトーという名はそのとき使った多くの偽名の一つである。党組織の根を国内に据え付けることに成功し、1938年に党書記長に就任した。第二次世界大戦中、枢軸占領軍と戦うパルチザン部隊を創設し、戦後いち早く権力を獲得するとともにコミンフォルムの創設に尽力したが、その自主的態度がスターリンの逆鱗に触れ、1948年にコミンフォルムから追放された。その後内政面では自主管理社会主義を開発し、外交面では非同盟運動の創立にあたったが1980年に病死した。
