●秩父事件 ちちぶじけん
AD1884
1884年,秩父の農民による武装決起。ふつう自由民権激化事件の一つに数えられている。1880年代,松方財政のデフレ政策の影響を受けて各地農村などは深刻な不況に陥った。とくに関東・中部地方では借金返済法をめぐって紛争がおこっていた。落合寅市,高岸善吉らは自由党大井派の影響を受けて,1884年夏,困民党を結成するとともに,借金10カ年据置・40カ年賦や村費・雑収税の軽減などの要求項目を掲げて,示談交渉や請願を行い訴訟にも及んだが,ことごとく成功しなかった。そこで,自由民権思想で理論武装し,整然たる軍事組織としての困民軍を編成し,北信や群馬など各地とも連絡をとり,10月31日蜂起した。困民軍は,専制政府転覆・国会開設を叫び,郡役所・警察署・高利貸を襲撃し,11月2日までにほぼ全秩父地方を制圧するに至ったが,警官と軍隊の出動により11日壊滅した。事件後,指導者4名が死刑,744名が重軽罪,2,642名が罰金刑に処せられた。〔参考文献〕井上幸治『秩父事件』中公新書