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●智顕 ちぎ

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 538〜597(大同4〜開皇16)中国,陳隋時代の僧,天台宗開祖。荊州華容(湖南省華容県)の人。俗姓陳,字は徳安。父は梁の湘東王の家将で,西魏に敗北すると流浪し,孤児となって18歳のとき,果願寺法緒に従って出家。慧曠に師事し,ついで大賢山で『法華経』を読み,560年(天嘉1)に光州大蘇山慧思のもとで法華三昧を得て大悟した。金陵に出て瓦官寺で法華,大智度論,次第禅門を講じ,575年(太建7)に天台山に入山し10年間修業を積んだ。坐禅を深くきわめ,下山してまた金陵で講を行い,隋文帝が陳の征伐を始めると,廬山に避難し,591年(開皇11)にはのちに煬帝となる晋王楊広に授戒して智者の号を受けた。最晩年には,荊州玉泉寺で,長年の実践をもとに『法華玄義』,『法華文句』,『摩訶止観』を講じた。これらを天台三大部と称する。彼は止観(心を静め正しく観ること)に仏教の全思想と修法が完全に含まれるとし,とくに『摩訶止観』は中国仏教史上,最大かつ最も詳細な禅の手引書と評価されている。弟子の灌頂は師の講説をよく筆受した。