●治安維持法 ちあんいじほう
アジア 日本 AD1925 大正時代
1925年(大正14)4月,無政府主義・共産主義運動を取り締まるとして公布された,「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」(第1条)ことを骨子とする治安立法。最初は共産党の弾圧に用いられたが,1928年(昭和3)6月「国体ノ変革」と「私有財産制度ノ否認」とを分け,前項の目的結社を組織・指導した者には最高死刑を適用,「結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者」を刑を科するなど改正。1941年(昭和16)3月「予防拘禁」の制度を取り入れるなど強化され,労農運動から学問研究,芸術・言論・宗教などの活動にも適用され,とくに第二次世界大戦下,特高警察の弾圧・監視と相まって一般国民をも恐れさせた。日本敗戦の1945年(昭和20)10月,占領軍総司令部の指令で廃止。〔参考文献〕奥平康弘『治安維持法小史』1977,筑摩書房
松尾洋『治安維持法と特高警察』1979,教育社