●譚平山 たんぺいざん
アジア 中華人民共和国 AD1886 清
1886〜1956 中国の政治家。中国共産主義運動初期の指導者。広東省高明県生まれで1920年,北京大学を卒業,五・四運動に参加,中国共産党創立時に指導者となる。1924年の国共合作では国民党にも入党,武漢政府の組織部長や農民部長など重職を歴任したが,国共分裂で国民党から除名された。第5回コミンテルン大会(1926年,モスクワ)では中国共産党代表として,中央執行委員になるなど活躍したが,1926年,日和見主義者として中国共産党からも除名され,香港亡命を余儀なくされた。しかし,日中戦争が勃発すると三民主義同志連合会を結成し,共産党寄りを強めることになった。1949年9月には同会代表として第一次人民政治協商会議に出席,中国人民共和国中央人民政府委員兼政務院政務委員に選出された。また中華人民共和国成立後は,全国人民代表大会常任委員,人民監察委員会主任の要職にあって活躍した。1956年病死。