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●壇の浦の戦い だんのうらのたたかい

アジア 日本 AD1185 鎌倉時代

 1185年(文治1),山口県壇の浦で行われた源平最後の海戦。屋島の戦いで敗れた平氏は,幼帝安徳天皇をいただいて彦島に逃れた。知盛は北九州の水軍や山鹿・菊池・原田・松浦などの諸党を集めて,源氏に対して決戦をいどんだ。義経の工作が功を奏し,伊予の河野水軍や紀伊の熊野水軍が源氏勢に加わった。義経は海戦が源氏にとって不利であることを知りつつも,宿敵平氏の完全打倒と,兄頼朝の不信をはらすうえからも,あえて海戦にふみきった。1185年(文治1)3月24日であった。兵船は『吾妻鏡』によると,源氏が840余そう,平氏が500余そうとある。戦いは正午ごろはじまり,平氏は潮流に乗り有利であったが,しかし潮が西流に変わり,義経はこの好機をつかみ,ついに壇の浦に追いつめて,日没ごろに平氏を全滅させた。この戦いで,宗盛や時忠らは捕えられ,二位の尼神器を奉じ,安徳天皇建礼門院母子と入水。建礼門院だけ救われた。