●歎異抄 たんにしょう
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親鸞の弟子唯円の著とみるのが一般。親鸞の没後,異義がさまざま説かれるようになったことを嘆いた弟子が師のことばを掲げて,異義を批判した書。前半が親鸞のことば,後半が批判に当てられているが,前半親鸞のことばと伝えられるものが果たしてその通りかどうかは疑問がある。真名の序には〈先師口伝の真情に異なることを歎く〉といい,〈故親鸞聖人の御物語の趣,耳に留むる所,いささかこれを注す〉とあって,親鸞没後20〜30年後に記憶をたどって書いたものであり,自ら面授口伝を誇る姿勢が逆に不信を抱かせる。しかし『歎異抄』を親鸞の真説と受けとるとき,とくに悪人正因の説など親鸞の自著にはこれほど明確率直に説いたものはみられない点,興味を引く。それだけに蓮如はこの書をもって〈当流大事の聖教と為す。無宿善の機に於いては左右なくこれを許すべからざる者なり〉とし,以来,僧といえども若輩には読ませない定めであった。この書が広く人口に膾炙したのは明治になってからのことで,注釈書は100指を超えよう。〔参考文献〕石田瑞麿『歎異抄−その批判的考察』1981,春秋社