●檀那寺 だんなでら
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檀那はサンスクリット語 dana の音訳で,物を与えること,布施を意味する。中国・日本では,檀越と混同され,布施する人,施主,仏教の後援者,すなわち「檀家」を意味し,檀那寺はその所属する寺をいう。檀家は特定の寺院に先祖の供養,葬儀の執行,墓地の管理,あるいは家門興隆や身体健全などの祈祷など(施主が国王の場合は国家鎮護の祈祷など)を依頼し,これに対し寺院側では伽藍の建築,維持,その他種々の経費を檀家側に負担させる関係がしだいに固まり,中世末期には慣習化した。これを制度化し,寺檀制度をつくったのが徳川幕府である。1637年〜38年の“島原の乱”の後,幕府はキリシタン禁制に乗り出し,国民は必ず仏教のなかのいずれかの宗の信者でなければならないという“宗門改め”の制度がつくられ,“宗門人別帳”を各寺院は備え付けた。ここに寺院は国民の戸籍を担当するようになり,檀那寺と檀家の関係が固定化され,明治維新まで続くことになった。