●旦那場 だんなば
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修験者と旦那(信者)が師旦関係で結ばれている地域。霞ともいう。旦那は修験者に祈祷を頼み,大峰・熊野への参詣の先達や代参を依頼した。江戸時代になると旦那場をめぐって羽黒派と本山派とのあいだに紛争がおこり,幕府に訴えてその裁判を求めるようになった。幕府も初めはケース=バイ=ケースで裁いていたが,1684年(貞享1)にいたり,今後,羽黒派は霞ということばを用いてはならぬと判決したから,霞は本山派の専用語となり羽黒派は旦那場と称することとなった。しかし内々では本山派も且那場ということばを用いたし,羽黒派でも関東地方だけを旦那場といい,会津若松を奥州,陸奥・出羽・越後・信濃・甲斐を霞,駿河・三河・飛騨・越中以西を遠国(えんごく)と呼んだ。〔参考文献〕和歌森太部『修験道史研究』1943,河出書房
戸川安章『出羽三山修験道の研究』1973,俊成出版社