50音順    検 索

●タンジール事件 タンジールじけん

AD 

 19世紀後半,モロッコ王国(アラウィ朝)は近代改革を実施して富国強兵をはかっていた。これに対しアルジェリアを本拠とするフランスは大陸横断政策を掲げて,反乱部族の国境侵犯を口実にモロッコへ徐々に侵入した。この状況のなかでモロッコに反乱がおこりフランス,スペインが軍事介入をしてスルタンを援助した。1904年,英仏協商にもとづいてフランスはスペインとモロッコの勢力範囲を決めた。1905年,ドイツの皇帝ヴィルヘルム2世がタンジールを訪問し,フランスのモロッコ進出に反対し,モロッコの領土保全,門戸開放を強調して列国会議の開催を表明した。列国は翌年アルヘシラス会議を開き,モロッコの独立と領土保全,門戸開放と経済的機会均等を決議し,フランスとスペインに治安および財政についての後見をすることを認めた。