●端午の節供 たんごのせっく
アジア 日本 AD
端午の月の初めの午(うま)の日をさし,5月以外の月に使った用例もあるが,中国の漢代以後5月5日をさすようになった。節供とは節日(せちにち),季節の変わり目などに祝いを行う日のこと。中国の古俗によれば,この日は野山に出て薬草を摘んだり,よもぎでつくった人形を門戸にかけたり,菖蒲を浸した酒を飲むなどして,病気・災厄を祓うことを祈った。この行事がわが国に渡来し,5月5日に野山に薬草を競って採ったので,競狩(きそいかり)と呼ばれたことが『万葉集』に載っている。〈端午の節〉と文献にみえたのは仁明天皇の839年(承和6)が最初。菖蒲が邪気を避くということから,菖蒲やよもぎ,薬玉を柱にかける風は宮中から庶民にまで及んだ。江戸時代,宮中での行事は簡単となり,幕府・民間には盛んとなった。とくに菖蒲を尚武に通わせて男の子のある家では具足を飾り,鯉のぼりをたてるようになり,今日に及ぶ。地方によっては「女の家」,「午の休み日」とする所もある。現在の「子供の日」。