●段祺瑞 だんきずい
アジア 中華人民共和国 AD1865 清
1865〜1936(同治4〜民国25)民国の軍閥、政治家。安徽派の巨頭。安徽省合肥県の人。字は芝泉。号は合肥。天津の北洋武備学堂卒業後ドイツに留学、軍事を学ぶ。1896年(光緒22)、袁世凱のもとで北洋新軍の訓練にあたり、江北提督となる。王士珍、馮国章と並び“北洋の三傑”と称された。辛亥革命に際しては革命軍の鎮圧にあたるが、袁の意を受け、将領46人の連名で清帝の退位を要求した。民国になってから歴代内閣の陸軍総長、国務総理をつとめるが、袁の帝制に反対し下野。袁の死後、国務総理となり北洋政府を支配。親日策をとり日本より多額の借款を受けた。1920年(民国8)、ソウコン※注1※、呉佩孚(ごはいふ)に敗れ下野するが、1924年(民国13)、張作霖、馮玉祥に推され北京臨時政府執政となり、1925年(民国14)、善後会議を開き、孫文の国民会議に対抗。1926年(民国15)、北京の民衆運動を弾圧、三一八惨案を発生させた。同年軍閥間の戦争が勃発し下野。1933年(民国22)、蒋介石に迎えられ上海に移るが、1936年(民国25)病死。
