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●単一民族国家・多民族国家 たんいつみんぞくこっか・たみんぞくこっか

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 単一の民族からなる国と複数の民族を含む国とを対照して表現した語。前者の例としては日本をあげることができる。後者のほうがはるかに多く,中国,マレーシア,フィリピンなどのアジアの国々,アメリカやユーゴスラヴィア,ルーマニアなどの西欧諸国,アフリカの大部分の国々など,世界の多くの国がこれにあたる。

 多民族国家では,それぞれの民族がその国のなかで民族集団を形成していることが多い。民族集団とは,より大きな社会の一部をなし,全体としての社会とは異なる文化,言語,あるいは人種をもつもので,その民族集団の成員は文化的な絆・アイデンティティで結ばれていると考えられている。ここで民族という概念が後天的に形成された文化的特徴による人間の集団をさす語であって,人種という先天的・遺伝的な身体上の特徴で人類を分類する概念とはまったく違うことには注意しておく必要がある。すなわち同じ人種であっても異なる民族集団は存在するわけで,多民族国家内部にはそのような民族集団が複数存在すると考えられるのである。単一民族国家においては一つの民族と一つの国家とが対応しているのに対して,多民族国家においては複数の民族に対して一つの国家が存在することになる。国家の制度とその国民について考える場合,政体としての国家の成立と,それを構成する人々のコミュニティとしての民族の成立を区別して考える必要がある。その場合,とくに“民族性”と“政体”とが問題となる。

 Grillo はすでに民族と呼ぶにふさわしい人々のコミュニティが国家としての法的あるいは政治的な組織を要求し,獲得していく過程を“民族性の政治化”と呼び,逆に国家としての政体はもつが,かなり異質の市民の集合であるものから民族を構成していく過程を“政体の民族性化”として二つの過程を概念的に区別している。“民族性化”という語は,強い共通のアイデンティティを形成し,伝達し,また国家制度によってひろめられる言語も含めて共通の文化形態がひろがっていくことを意味している。“民族性”と“政体”のどちらが先に現れるのかという点に関しては,“政体”が先行してのちに“民族性”が形成されると考える学者が多い。たとえばフランスにおいて大革命ののちに国民国家が成立したのは,それの顕著な例としてあげられる。このように考えた場合,政体を構成する人々のコミュニティとしての民族はある過程をへて形成されていくものであって,自然のままの状態であるものではないということになる。そこで,日本のような単一民族国家では国民国家として政体を構成する人々のコミュニティは,すでに統合されているということができる。しかし,多くの多民族国家ではその統合は完結していない状態である。そこで,多民族国家の内部では各集団が自分たちの集団と他の集団とを区別する意識がみられる。そこには各集団ごとの境界が意識され,それぞれのアイデンティティが形成されることも多い。このような少数集団が全体としての社会のなかでどのように位置づけられ,あるいは統合されていくか,その過程で国民としてのアイデンティティがいかに形成されていくか,ということは多民族国家における大きな問題点である。

 “民族”と“国家”は,きわめて今日的な問題を生みだし,なお多くの問題提起と議論が行われており,現在一致した見解がみられるわけではない。