●俵物 たわらもの
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江戸時代中期以降,唐船に輸出した,煎海鼠(いりこ)という海鼠(なまこ)を煮て干したもの,干鮑(ほしあわび),鱶鰭(ふかのひれ)という鮫の鰭の外皮を除去して干したものなどをいい,俵に詰めて取り扱ったのでこの呼称がある。輸出海産物はほかに昆布,するめ,鶏冠草などもあったが,これらは諸色に含め,前記の3種が俵物三品と称されて重視された。中華料理に用いられる。長崎での唐船貿易で,日本は生糸,絹織物,漢方薬などを輸入し,その見返りとして初期にはおもに銀を輸出したが,やがて国内使用銀の不足が懸念されて,代わって銅が多く輸出された。しかし,18世紀に入ると銅も不足がちになり,ここに俵物が注目されるようになった。産地はほぼ全国の海辺に存在した。幕府は,1744年(延享1)には俵物一手請方問屋を設定して独占的集荷を行わせ,1785年(天明5)から1865年(慶応1)までは俵物役所を設けて,長崎会所による直接集荷体制をとった。〔参考文献〕小川国治『江戸幕府輸出海産物の研究』1973,吉川弘文館