50音順    検 索

●ダランベール

ヨーロッパ フランス共和国 AD1717 フランス王国

 1717〜83 フランスの啓蒙思想家,著名な数学者。百科全書派の重要人物。父は騎士の称号をもっていたが捨子にされ,ガラス製造工夫婦の手で育てられた。実父の送金でマザラン修道学院に学び,数学に秀でた。『積分計算論』で認められ,1741年,科学アカデミー会員となる。主著は『力学論』(1743)だが『風力の一般的原因についての考察』(1746)でベルリンのアカデミー賞を受賞。フリードリヒ大王,エカチェリーナ2世とも親交を結ぶ。ディドロに協力し『百科全書』の出版に尽力。その「序論」で人間知性の進歩を強調。ロックと違って道徳と芸術の認識を感情によって説明し,理性による法則認識から区別した。ほかに「アカデミー」,「デカルト主義」,「究極原因」などの項目を執筆。とくに「ジュネーブ」の項目は,ルソーの『観劇についてのダランベールへの手紙』に対する反論で,百科全書派とルソーの対立を決定的にした。1758年以後迫害にあい『百科全書』の仕事から手を引くが,プロイセン王やロシア女帝からの地位提供の申し出には応じなかった。1754年に受容されたアカデミー=フランセーズ内の啓蒙思想家グループには支持を与え続け,1772年,常任書記となる。終生レスピナス嬢の愛人で彼女のサロンに活気を与えた。