●為永春水 ためながしゅんすい
アジア 日本 AD1790 江戸時代
1790〜1843(寛政2〜天保14)江戸時代後期の人情本・読本・合巻の戯作者。本名佐々木貞高,通称越前屋長次郎といい,せどり屋を営み,その後講釈師の為永正輔などの名で諸職に従事している。金龍山人・狂訓亭・二世南仙笑楚満人・二世振鷺亭・蓮池庵・三鷺・人情翁と号す。江戸出身。当初は講談師伊藤燕晋の弟子。この後式亭三馬につき戯作者となる。やがて狂馴亭為永春水となる。1832年(天保3),『春色英對暖語』が好評で人気を得,以後『春色辰巳園』(1883〜1885),『春色恵之花』(1836),『春色英對暖語』(1838),『春色梅美婦禰』(1841〜1842)などの一連の作品を続々発表している。「東都人情本の元祖」として自称し,人情本の全盛時代を招来した。俗語を用いて書きつづり,大いに時代の嗜好に応えた。しかし天保改革の風俗粛正にふれ,たちまちとがめられ手錠50日の刑に処せられる。そして著作は絶版となり,そのショックもあって54歳にして病没。彼の写実味の強い面と普通人の感覚尊重は近代小説へ連なる。墓は東京都世田谷区烏山町の妙善寺にある。