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●溜池 ためいけ

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 稲作のための灌漑用水を貯えておく池。大規模な溜池の築造による平野部の灌漑は,大和朝廷の崇神・垂仁・応神・仁徳など大王の支配力と,渡来人による大陸技術の伝播によって可能となり,律令制度の確立以後は,国司・国造など地方官による水利開発も進められた。『延喜式』に,正税中の雑稲をもって国の大小により1万束から4万束の池溝修復料を割り当てることが記されているのは溜池の普及を示している。なかでも,河内の狭山池や空海の修復による讃岐の満濃池は規模の広大なことで知られている。戦国期から江戸初期にかけて,築堤技術の発達により大河川流水の用水化が可能になると,灌漑用水に占める溜池の比重も低下していく。しかし,絶対水量が安定し,古くから番水制度が確立していて円滑な給水が行える利点もあり,現在でも,西日本各地には大小の溜池が多数分布している。

〔参考文献〕末永雅雄『池の文化』1972,学生社