●濃絵 だみえ
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濃厚な彩色を施した絵。古くは彩色することを“たむ”(彩む)といったが,『日葡辞書』(1603,日本耶蘇会)に〈エノグ(絵具)でだむ〉とあって,桃山時代には濁って“だむ”と発音していたことがわかる。狩野永納の『本朝画史』巻4「壁障画に画く図様の式法」の項に,純墨・淡彩・濃色についての記述がある。これは彩色を淡彩と濃彩に分け,濃彩を濃色と記したものと思われる。別に極彩色の語もみえるが,これは濃彩の最たるものであろう。淡彩は〈うすだみ〉と呼ばれ,また金箔に彩色することを〈はくにだむ〉という用い方もあった。“だみえ”は彩み絵であり,もともと彩色画一般をさす語であった。“濃絵”の語は『信長公記』にみえ,その絵が金箔地に彩色したものだったので,今日では桃山から江戸初期の障壁画にみる金地着色の絵をさして濃絵と称することが多い。智積院の長谷川等伯の『楓図』襖絵は,その典型的な例である。