●タバコ−ボイコット運動 タバコ−ボイコットうんどう
アジア イラン・イスラム共和国 AD
18世紀にイランを統一したカジャール王朝は,19世紀後半に入ると,自国を英国および帝制ロシアの帝国主義的支配にゆだねた。イギリス人投機家タルボットが,王朝から50年にわたる全イランのタバコ原料の買付け,加工,国内販売,輸出専売権を獲得したのは1880年のことである。国民は,この事実を知らされていなかったが,1891年,国王が専売制施行の公示を行うと,いっせいに抗議運動が盛り上がった。タバコ商人の運動にウラマー層が同調し,十二イマーム派の最高権威シーラージーが,タバコ−ボイコットの教令(フクム)を発するに及んで,運動は全国的にひろがった。このような動きのなかで王朝側は,テヘラン地区の運動の指導著アシュティヤーニーに禁令の解除か,追放かを迫った。しかし逆に民衆の大デモ攻勢にあい,ついに利権を解消せざるを得なくなった。この運動は,王朝の専制と外国支配に抵抗する民衆の意志のあらわれであり,これほど全国的規模で整然と行われた運動は,イラン現代史上まれであった。最近のイスラーム革命を考えるうえでも,示唆的な事件であろう。