●田中館愛橘 たなかだてあいきつ
アジア 日本 AD1856 江戸時代
1856〜1952(安政3〜昭和27)日本の物理学の草分け的人物。明治から昭和にかけて科学行政の指導者でもあった。岩手県福岡町で兵法師範の家系に生まれる。1882年(明治15),東京大学理学部物理学科を卒業。在学中に日本各地の重力測定を行い,1887年には外人教授ノット(1856〜1922)とともに全国の地磁気を測定し南半分を分担した。1889年,グラスゴー大学に留学,ルヴィン卿(1824〜1907)に学び,翌年・ベルリン大学へ移る。1891年帰国,東京帝国大学教授となる。同年10月の濃尾大地震のとき地磁気変化を測定に行き,根尾谷の大断層を発見した。また災害対策の必要を痛感し菊池大麓(1855〜1917)らと災害予防委員会の設立(1892年6月)に力を注いだ。度量衡法の確立や航空研究所の設立にも貢献。1906年帝国学士院会員。1925年から3期貴族院議員。1944年に文化勲章を受賞。日本式ローマ字の普及にも熱心に活躍した。