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●谷干城 たにかんじょう

アジア 日本 AD1837 江戸時代

 1837〜1911(天保8〜明治44)軍人・政治家。通称宇部,号は隈山。高知県高岡郡窪川村出身。父は藩校の教授。幼少より父から武術・漢学を学ぶ。江戸に出て安積良斎,安井息軒に学んだ。1866年(慶応2)に藩命により長崎,上海を実地につき事情を知り見聞をひろめ帰国。戊辰戦争に参加,関東・東北に戦った。明治維新後徴士となる。藩政改革に尽くし,1871年(明治4),政府に出仕,兵部権大丞に任ぜられた。やがて陸軍少将に任ぜられ1873年に熊本鎮台司令長官となる。その間,福岡・佐賀の士族の反乱を鎮圧。台湾出兵に処置し,西南戦争には熊本籠城の苦戦の末,官軍を勝利に導いたことは有名。陸軍士官学校長を歴任し,1881年に退役。この年鳥尾小弥太らと保守中正党を結成。第1次伊藤内閣農商務相。井上馨外相の条約改正・欧化主義に反対し辞職。国粋主義・農本主義を唱え,藩閥政府に対抗。日露戦争に反対し,民力の休養を主張した。