●田中勝介 たなかしょうすけ
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16世紀後半〜17世紀前半ごろ江戸初期の京都の貿易商人。欧名ドン=フランシスコ=デ=ベラスコ。1609年(慶長14)9月30日,メキシコからの帰途にあったフィリピン前総督ビバロは暴風雨のため上総国夷隅郡岩和に漂着し1年後,20名以上の日本人を同船させ再度サン=ブエナベンチュラ号(120トン)をメキシコへ向ける。勝介はそのうちの1人で,『駿府記』によれば京の大商人後藤少三郎の肝煎で乗船したものと思われる。彼らのほとんどはメキシコの金銀獲得を目的としていたが,いずれも失敗に終わり,1年足らずで1611年(慶長16)3月7日,答礼使ビスカイノの船に同船し6月8日帰国。滞在中スペイン人からも日本人からも一目置かれ,また帰路中ビスカイノから厚遇されていた勝介であったが,以後の動向は不明のままである。〔参考文献〕『京都の歴史 4』1969,学芸書林
『大日本史料』12―8,1970