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●田中義一 たなかぎいち

アジア 日本 AD1964 昭和

 1864〜1929(元治1〜昭和4)明治〜昭和初期の軍人・政治家,陸軍大将・男爵。長州藩下級藩士の家に生まれる。陸軍士官学校,陸軍大学校に学ぶ。日清戦争日露戦争に従軍。そののち,歩兵第三連隊長,陸軍省軍事課長,同軍務局長などを歴任。軍務局長時代の1912年(大正1),上原勇作陸相のもとで二個師団増設の実現を強く主張し,大正政変の原因をつくった。第一次世界大戦中参謀次長,ついで原内閣(1918〜21)の陸軍大臣をつとめ,長州閥山県有朋系の実力者として陸軍部内に大きな勢力を保持した。1923年,第二次山本内閣で再度の陸相をつとめたのち,1925年,予備役編入とともに立憲政友会総裁に迎えられた。1927年(昭和2),内閣を組織。首相兼外相として山東出兵を行うなど,対中国積極外交を展開した。また内政面では金融恐慌の鎮静をはかり,1928年,第1回普選実施後,共産主義運動の取締りを強化した。同年関東軍参謀により張作霖爆殺事件がおこると,軍法会議による犯人処罰を意図したが,陸軍の強い反対にあって実行できず,野党側から,〈満州某重大事件〉として非難を浴び,また,天皇の不信を買って,1929年,内閣総辞職に追い込まれた。