●卓球 たっきゆう
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卓球台の中央に設置されたネットをはさんで,競技者がボールをラケットで打ち合い,お互いの得点を競うスポーツである。【歴史】卓球の起源については,次のような諸説があって,はっきりしていない。[1]約2000年前に日本の貴族たちが行っていた蹴鞠・羽根つきが起源となった。[2]1880年代にイギリスで考案された。[3]1890年代にアメリカのニューイングランドで考案された。[4]19世紀にインドに駐在していたイギリスの1士官が考案した。[5]イギリスの1士官が,南アフリカで行われていた競技をイギリスに伝えた。[6]19世紀,宮廷で行われていたローヤルテニス(屋内テニス)にヒントをえて,イギリスで発生した。また,中世にイタリアで行われていたルジック-ピラリスという遊戯や,15〜16世紀にフランスにあったラーポームという遊戯がもとになっているともいわれている。セルロイドのボールが使われるようになったのは,18世紀の終わりごろで,イギリス人ジェームス,ギッブが発明したものとみなされている。犢(こうし)の皮が張られた当時のバンジョウ=ラケットでセルロイドのボールを打つと「ピン」「ポン」という音がしたことから,その擬音がもとになってピンポンと呼ばれるようになった。1902年に,イギリスでピンポン協会が生まれ,初めて選手権大会が開かれるようになった。1926年,ドイツのレーマン博士の提唱により,のちの国際卓球連盟(ITTF)の基礎となった国際会議が開催され,翌1927年,ロンドンで第1回ヨーロッパ選手権が開かれた。その後,アジア各国の加入(中国・日本など)によって,卓球は世界的な隆盛を誇る競技となり,世界選手権には60カ国以上の参加をみるにいたっている。
【日本の卓球競技】日本に卓球が移入された経緯には2説ある。[1]1900年(明治33),横浜の貿易商がイギリスから持ち帰った(井坂信太郎氏の説)。[2]同じころ,イギリスに軍艦を買いにいった海軍の軍人たちが持ち込んだ(大門大助氏の説)。その後,1902年,イギリス留学をしていた東京高師の坪井玄道教授が,ルールブック,ネット,ラケット,ボールなどを持ち帰り,このルールブックに従って卓球台を試作させ,卓球の普及につとめた。1921年(大正10)に大日本卓球協会が創設され,1928年(昭和3)には,国際卓球連盟に正式に加入した。硬球を使用する国際舞台への進出が果たされることになったのは,昭和10年代のことである。第二次世界大戦後,いち早く国際卓球連盟に復帰し,スポーツによる日本再建の一助となった。現在,中国と並んで,日本のレベルは高く,名実ともに世界卓球界のリーダー格であるといえよう。
【ルールと競技】1ゲームは,どちらかが21点を取れば終了する。ふつう3ゲーム,または5ゲームが行われる。失点になるのは,[1]打球がネットにひっかかって自分のコートに落ちた場合。[2]相手コートをオーバーしてボールが飛び出してしまった場合。[3]サービスの動作に入ってからボールを落とした場合。[4]自分のコートでボールが連続して2回以上バウンドした場合。[5]返球されたボールをノーバウンドで打った場合,などである。世界選手権では,男子団体,女子団体,男子シングルス,女子シングルス,男子ダブルス,女子ダブルス,混合ダブルスが行われる。正式な卓球台の大きさは長さ274cm,幅152.5cm,高さ76cmで,ネットの高さは15.25cmである。また,ラケットやボールにもそれぞれ材質・大きさなどに制限がある。競技時間は,かつては,7時間を超えるものもあったが,全体に短縮化の傾向にあり,ルール自体もスピードアップをはかるための改正が進んでいるようである。