●橘孝三郎 たちばなこうざぶろう
アジア 日本 AD1893 明治時代
1893〜1974(明治26〜昭和49)日本農本主義のイデオローグの一人。茨城県出身。第一高等学校在学中、西洋近代思想のうち、とくにカーペンター、オーウェン、クロポトキンなど機械文明否定、田園賛美の思想に傾倒した。そして共同体的な理想社会を農業を通じて実現しようと1915年、一高を中退し、郷里で農業の実際生活に入った。ついで1920年、農業機械を導入した近代農業を実践するべく兄弟村を建設したが途中病気で倒れ、4年近くの闘病生活を送る。1929年「愛郷者」の強固な団結と荒廃した農村での新生活創造を求めて「愛郷会」を結成し、一種の協同組合を創設・展開した。これが県下に広がると農民教育へも活動を広げ、「自営的農村勤労学校」=「愛郷塾」を開いた。1930年、主著『農村学前篇』を刊行。この間ますます悪化する農業恐慌の影響で、橘の農本主義は急進的となり、井上日召らと提携、血盟団事件から五・一五事件を企て実行に参与。無期懲役で下獄、減刑され1940年出獄。戦後は右翼として重きをなした。
〔参考文献〕松沢哲成『橘孝三郎』三一書房
斎藤之男『日本農本主義研究−橘孝三郎の思想−』農文協