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●塔々児(韃靼) タタール

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 タタールは唐代から元朝初期のモンゴル系部族である。初見は唐,732年(開元20)にたてられるオルホン河岸の突厥闕特勤碑文である。中国文献では旧唐書僖宗記である。タタールは唐代は主に大興安嶺山脈の西側によって遊牧し,やがて陰山山脈方面に南下し勢力をのばした。そのためこの方面のトルコ系部族も中国では韃靼と呼んだ。10世紀には契丹・遼王朝が成立するとこれに服属したが,叛服つねなく遼はこれに苦しめられた。遼金時代の阻卜(そぼく)はタタール部族を示すものらしい。モンゴル部族も,もとはこの部族に服属していたが,金朝のころにはモンゴル部は勃興し,チンギス=ハンがこの部を滅ぼしモンゴル東部を統一した。元朝ではモンゴル自身がタタールと呼ばれることを嫌い,この称呼は用いられなかった。元朝滅亡後,明の永楽帝により討伐され,さらにオイラート部に制圧されたが,ダヤン=ハンの出現で16世紀には内モンゴルを制した。

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