●祟り たたり
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神仏の制裁。懲罰および超自然的な“もの”や霊によっておこされる災禍のこと。しかし,祟りの本来的意味は神の示現を意味し,『日本書紀』や『古事記』に記されている〈島の神祟りて曰はく〉,〈十握剣に祟りて曰はく〉の祟りのように神が出現するという意味であった。こうした意味のタタリは,南島で神の示現の意味に使用される〈神たたり〉や,淡路島などで霊験あらたかな神を〈たたらしい神〉と称していることばなどに認めることができる。しかし御霊信仰,怨霊思想などの影響を受けて,超自然的なものの霊験よりもむしろ懲罰や災禍が強く意識されるようになり,祟りということばがもっぱら今日的意味で使用されるようになった。同時に祟りということばは神仏のとがめを受ける,罰(ばち)が当たる,さわりがある,とりつかれるなどのことばと同意語として使われることが多く,祟りということばがそれらの意味を包含しているとみることもできよう。【祟りの構造】祟りは原因・結果・対処という三つのレベルによって構成されている。つまり崇る原因としての“もの”や行為があり,その結果としての災禍や懲罰が発現し,それを取り除き,解消させるために対処しなければならないということである。しかし現実的にはまず災禍があり,その原因を究明したのちに対処するという経過をたどる場合が一般的であり,原因の究明や祟りの解消の場面において行者・巫者・祈祷師・神職・僧侶をはじめとする宗教的職能者の関与が認められる場合が多い。祟りの原因をなすものとして,超自然的なものが憑依(ひょうい)する場合と禁忌(タブー)を犯した場合とに大別することができ,後者の場合は本来まつるべき神仏の祭祀を怠ったり,神聖な場所への侵入,神聖な動植物を殺したり切ったりする場合に祟りが発見する。前者の超自然的なものが起因する場合,神仏をはじめとするすべての超自然的存在が崇ると称しても過言ではない。しかし,そのなかでも祟りやすい神や霊があり,非業の死を逐げた御霊,金神や荒神・動物霊を含み主神や統禦神に付随する眷属神・ミサキ神のたぐい,妖怪や幽霊などが祟り神の代表的なものといえよう。発見する祟りも,病気や死,家庭の不和や家・子孫の断絶,天災などさまざまなものがあり,また発見する対象もタブーを犯した当事者だけではなく,家族や共同体の成員あるいは数代へたのちの家族やまったく関係のない人に現れる場合がある。一方祟りを解消する方法は,[1]原因となった超自然的存在をまつったり,教化し超自然的存在がもつ本来の性格に戻す,[2]祟りの原因となった神仏や霊よりも,より強力な力をもつ神仏や霊をまつる,[3]原因となる霊や神・ものを調伏,排除する,などに大別することができよう。いずれにしても,祟りという宗教現象が日本の民俗宗教をより複雑なものにさせているとともに,多くの宗教的職能者に活動の場を与えているといえる。
【祟り文化】祟りという宗教現象が宗教的領域にとどまらず,社会的文化的に大きな影響を及ぼしており,それを祟り文化と称することも可能である。その点を最も端的に表現していることわざとして〈さわらぬ神に祟りなし〉,あるいは〈弱り目に祟り目〉,〈人盛んにして神崇らず〉などをあげることができよう。つまり日本人の行動規範として祟り観念があることを示しており,祟り観念が強まった結果として消極的な行動をとらせることになる。この点はタブーの違犯によって祟りが発見することと密接な関連がある。また御霊信仰に最もよく表現されているごとく,敗者の名誉が回復されており,完全なる勝者・敗者がないという観念と結びつき,人間関係の潤滑油的役割を果たしているとともに,社会的規範の維持に役立っているとみることも可能である。
〔参考文献〕山折哲雄「たたりから祟りへ」『講座日本の民俗宗教』1970,弘文堂
伊藤唯真「祟り神・流行神」『講座日本の民俗1・信仰』1970,有精堂