●タージ=マハル
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アーグラにある,ムガル時代の墓建築物のこと。ムガル帝国第5代皇帝シャー=ジャハーン(在位1628〜1658)が,その皇妃ムムターズ=マハルの死(1629)後,亡き愛妃のために建てさせた記念物である。1632年からつくり始め,1648年にほぼ完成した。この間の労働者は2万人を超え,総費用は,一説によると500万ルピー以上かかったといわれている。あるいは総費用については,3,000万ルピーを超えるという説もあるが,シャー=ジャハーン時代のムガル帝国は,数回の国外遠征を別にして,国外統治上は安定し,ムガル帝国史上,最も繁栄した時期であったから,これほどの建設費用は,直ちに帝国財政を圧迫するものではなかったとみられている。建物は,高さ約5.5m,1辺約95mの正方形の基壇の土にある。この基壇の四隅には,高さ約42mの尖塔があり,墓廟そのものは,中心のドームの最先端までの高さが約74mで,ドームの下部の墓廟本体部分は,四隅を切った正方形で,正面の高さ約32mである。墓廟を含む一帯は横約580m,縦300mの長方形の領域をなし,前庭を通って,入口の大門を抜けると,用水路のちょうど正面に墓廟が見える。墓廟はインド産の白大理石でつくられており,内部,1階主室に,ムムターズ=マハルとシャー=ジャハーンの2人の空の墓石が並んでおかれてあり,真の墓石は,ちょうどその真下の地下室にある。この墓廟は,一見,イスラーム様式そのもののようであるが,細部においては装飾模様などにインド独自の様式がみられる。また,建物の配置全体にも,アクバル時代以来の,ムガル独特の建築様式がみられ,ムガル建築の発展の最高段階のものといえよう。シャー=ジャハーンは,この墓廟の面しているジャムナ河の対岸に,黒大理石でつくった自分のための墓廟をつくるつもりであったといわれているが,果たせずに終わった。彼は,晩年,アーグラ城の一角に幽閉され,窓ごしにタージ=マハルをみながら涙を流したといわれている。
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