●多国籍企業 たこくせききぎょう
AD
【概念】多国籍企業ということばは,1970年前後から国境を越えて複数の国で事業経営を行う企業活動をさして用いられるようになった。国際連合には多国籍企業委員会が設けられ,多国籍企業活動に関する研究・情報サービス,および規制策の検討を行っている。国際連合では,多国籍企業を〈資産を2国ないしそれ以上の国々において支配するすべての企業〉と定義している。海外投資そのものは,すでに1870年代ごろからイギリスを中心に存在した。しかし,当時の海外投資は,鉄道や都市の債券購入による金利稼ぎが主であった。いわゆる間接投資である。これに対して,第二次世界大戦後,1960年代から目立つようになった海外投資は,子会社を統制することによって多国間で事業経営をすすめる直接投資である。直接投資の定義は国によって異なる。アメリカ商務省は,単一のアメリカ企業が子会社株式(投票権をもつもの)の10%,または複数の企業が子会社株式の25%以上をもつ場合,統制権が発生するものとする。日本の大蔵省は,日本側の子会社出資比率が10%以上か,またはそれ未満でも,次の場合のいずれか一つを伴う永続的な関係が外国法人とのあいだに樹立されたとき,直接投資に該当するとする。[1]役員派遣,[2]長期にわたる原材料の供給または製品の売買,[3]重要な製造技術の提供。ただし,外国企業の対内投資の場合は,出資比率10%以上を直接投資とする。ここでは,このような直接投資により成立する多国籍企業について,近年における直接投資の進展,海外投資の理由,日・米多国籍企業の比較,多国籍企業と国民経済,そして多国籍企業と国際秩序などをみることにしよう。【海外投資の進展】1967年に先進諸国の民間海外直接投資残高は,1,053億ドルであったが,1977年には3,061億ドル,1982年には4,844億ドルへと増大し,アメリカが世界投資残高の46%を占め,その他表1の国々がおもな投資国である。日本の場合には,1967年の15億ドルから1971年の海外投資自由化(金額に制限なく自動認可制)をへて,1977年には230億ドル,1984年3月には614億ドル(認可額ベース)と急ピッチで増加している。近年では発展途上国起源の多国籍企業も増加していることが注目されている。これは産油国・新興工業国などからの投資である。産油国の場合にはとりわけ多国籍金融機関(1982年に世界最大の多国籍銀行500中33行がアラブ系)の活動が多い。また,アジアの香港・韓国・台湾・シンガポールなど新興工業国からの ASEAN 等近隣諸国への直接投資は1980年代に入り,年平均3億〜4億ドルの規模に及んでいる。また,ソ連・東欧からの海外投資も増加し,これらの国が市場経済諸国(先進工業国および発展途上国)に設立した商工業企業の数は,1962年の50から1970年代後半には700以上に増えた。このように,海外投資額が世界 GNP の伸び率を大きく上回るのみならず,投資国も多様化する傾向が出ている。企業の多国籍化・海外投資を説明するために,幾つかの仮説が示されている。一つは,新古典派の経済学者たちが唱える生産要素賦存の差異説である。海外投資とは,資本のみならず,経営資源・技術・投入財等のパッケージ的移転である。国民経済間における要素賦存の際は,要素報酬の差を導く。また,企業の成長は内部制約をもたらし,経営資源が外部により高い成長機会・報酬率を求めるようになる。こうして経営資源を中心とした諸資源のパッケージ的移転がおこり,移転先においてより高い限界報酬を獲得しようとする。したがって直接投資は,世界的にみれば,生産性を増大させ,厚生を高めることになる。新古典派と事実認識を同じくしながらも,正反対の政策的結論を引き出したのはマルクス主義である。マルクス学派の人々はこう考える。国内での利潤率の低下により,資本はより高い利潤率を求めて,資本の有機的構成が小さい(新古典派的表現をすれば,要素賦存における資本比率がより小さい)海外に投下される。とくに発展途上国では,豊富な労働予備軍の存在により,賃金が生存維持水準にはいつく傾向があるから,搾取率(m/v)は高い。また,資本の有機的構成が小さいから,利潤率も高い。このようにして資本は,先進国から後進諸国へと投下され,世界的に帝国主義のネットワークをつくりあげる。海外投資の動因が利潤率の差異にあることは新古典派と同じだが,マルクス学派は新古典派とは反対に,世界的規模での搾取増大を結論する。第3の解釈は,産業組織論の立場のものである。ハイマーとキンドゥルバーガーによって確立されたこの理論は,直接投資の動因を寡占企業の行動に求める。寡占企業は協調と対立によって市場のコントロールと利潤の極大化をはかるが,企業の成長とともに利潤獲得よりもまず市場シェアの拡大によって,他企業よりも優位に立とうとする傾向が現れる。それが生産増大に伴う国内の費用逓増によって加速化される。したがって,海外直接投資は,利潤獲得を動因とするよりはむしろ,経済集中の進展・産業部門の寡占化とともに現れる現象で,その動機は市場シェアの維持・拡大にある。アメリカ製造業の海外投資について見出されたプロダクト=ライフ=サイクル説は,この学説を支持している。すなわち,企業の開発する新製品は特有のライフ=サイクルをもつが,この製品が初期開発段階から大量生産段階に移行すると,各地でこの製品の模倣者が出現する。当該企業は,模倣者に対して市場を防御するために,新製品の大量生産段階移行とともに海外市場での現地生産を始める。プロダクト=ライフ=サイクル説は,海外投資が巨大企業の技術独占と結びついていることを示している。現実の投資は,上述の三つの説明と多少なりとも重なっている面があるが,大企業の場合には市場動機,中小企業の場合には費用動機の比重がそれぞれ大きくなる。アメリカ商務省が,1973年に公表した製造業76社の海外投資動機によれば,54%が市場関連,18%が費用および要素投入関連を動機とし,残りの28%が現地人の要請などそのほかの動機をもった。また,日本の通産省が1976年に行った調査では,2,773回答中71%が市場動機を,15%が費用および要素投人関連を,14%が経営国際化など経営上の動機をあげた。企業多国籍化の動因をさらに立入ってみるために,ここで日米多国籍企業の比較を行う。
【日米多国籍企業の比較】1980年代の初めに,世界の多国籍企業は1万社ほどあるが,その20%はアメリカで,日本は6%程度である。アメリカの海外投資は1960年代に急速にすすんだ。これはアメリカ国内の市場寡占が進展し,大企業間の市場シェア拡大競争が,折から1960年代に経済統合を行い,市場を拡大化していた西ヨーロッパにむかった時点に相当する。その後,1970年代には,アメリカ大企業はアジアやラテンアメリカに投資を拡大した。これは,日本や新興工業国製品との競争が激化し,より安価な労働力を求める投資が増大したためである。このころ日本も,1971年に海外投資を自由化して,とりわけ発展途上国への投資を飛躍的に増大させた。これは,アジア地域でアメリカ企業の進出により市場争いが激化したこと,発展途上国が工業化をめざし保護主義をとったため,企業が現地生産を迫られたこと,の二つを直接の理由としている。こうしたマクロ経済的な理由のほかに,さきに述べたミクロ経済的なそれを含め,幾つかの理由から日本政府も民間投資をバックアップし(投資金融・二重課税防止協定など),海外投資が1970年代に年率34%の割で増大することになった。一つには高度成長とともに海外資源需要が急増したが,世界的な資源需要の増大は生産国の立場を強め,資源ナショナリズムを導いた。ここから「資源制約」の問題が感ぜられ,資源の「開発輸入」投資が増えた。第2は,国内の労働力資源が稀少化するとともに,労働力費用が上昇し,とりわけ労働集約産業にとって,アジア諸国の安価な労働力を獲得する必要が生じた。1980年前後の時点で日本の労賃レベルを100とすると,東南アジア諸国のそれは10〜20のあいだに位置する。第3は,高度成長期に公害が深刻化し,企業にとって公害防止投資負担が高まった。1970年代半ばには,総投資の17.6%が公害防止にむけられている。一般に環境費用が高まったこと,また重化学工業の分野では,原料生産国が自国加工の要求を強めたこと,の双方の理由から重化学工業が海外に移転することになった。政府は,これらの理由および低成長期に企業活力を保つ(国際化による利潤獲得,子会社への原料・中間財・部品輸出による販路確保,また原料資源の輸入)必要,そして1960年代後半から日本の経常収支黒字が定着・拡大し,円レート切り上げが必須となってきたことから,外貨減らしが意図されたことの追加的理由によって,海外投資を自由化し,これを推進する方針を定めた。
日米多国籍企業を比較した場合,アメリカの多国籍企業は,まず第1に巨大寡占企業がほとんどである。世界の多国籍企業を上位から500社とると,約半分の242社がアメリカ企業で,これらの少数寡占企業はアメリカの海外投資残高の80%以上を占めている。ECは141社,日本は62社を数える。第2に,アメリカ多国籍企業は,莫大なドルをアメリカ外(ヨーロッパ)に保持し,1982年末に6,500億ドルに及ぶ膨大な資金を動かしている。第3に,アメリカ製造業においては,多国籍戦略にもとづく企業内分業がきわめて発達している。この企業内分業には,最終製品間の水平的分業(たとえば電機産業がオランダでシェーバーを,西ドイツでVTRをつくるなど)と生産過程の垂直的分業(たとえばイタリアで紡績・織布を行い,フランスでファッション衣料に加工するなど)の二つのケースがある。前者は,規模の経済を追求する分業形態であり,後者は生産要素賦存度の差を利用する分業形態である。第4に,アメリカの企業は一般に海外投資における技術集約度が高い,1975年の調査で,製造業投資の70%近くが,電機・機械・化学など技術集約度の比較的高い産業である。それだけに,アメリカの受け取る特許料・技術報酬なども,海外投資の収益額の3分の1にも及び,非常に高い。これは,アメリカ海外投資の進展が技術優位を背景にして行われたことを示している。
これに対して,日本の多国籍企業の特徴は,次の諸点にある。まず日本企業においても,海外投資企業の70%は,資本金1億円以上の大企業(製造業の場合で,卸売業では資本金3,000万円,小売業・サービス業では1,000万円以上を大企業とする)が占めている。しかし中小企業も全体の30%を占めている。また,大規模プロジュクトについては,6大企業集団(三菱・住友・三井・芙蓉・第一勧銀・三和の各グループ)のそれぞれが競合的に(クループ加盟社間では協調的に)進出していることもほかに類例をみない。第2に,日本の直接投資では,1983年度末累計で,資源関連19%,製造業32%,サービス業49%(アメリカは1979,80,81年度で各31%,31%,38%)だが,地域的にみると発展途上国が55%を占め,アメリカやECの海外投資で先進国の比重が大きい(1980年にアメリカ投資残高の73%が対先進国で,先進国投資の平均でも71%が対先進国)のと対照的である。これは,日本の海外投資が,発展途上国の比重が大きい貿易市場を守る形で進展したことを物語っている。第3に,アメリカ企業では多国籍戦略をすすめるために子会社株式を100%保有する選好度が高いのに対し,日本の製造業の場合には,輸出を守るために後発国の輸入代替工業化戦略の枠内で進出するケースが従来多かった。そのため合弁形態が多く,製造業で子会社の株式50%以上を保有するのは約半分にとどまる。東南アジア諸国でも日本側の出資比率が漸減しているのが通例である。ただし,近年では先進国の経済摩擦に対処するための対先進国製造業進出の事例が増えており,こうした場合には企業秘密との関連もあり,100%株式保有が選好されている。第4に,日本製造業においては,輸入代替工業化の枠内でのノックダウン工場的な進出,現地の安価な労働力や社会資本を利用する形の進出が多いことから,技術集約度は一般に低い。このことは,発展途上国側から日本に対する技術移転の努力への要求を強める原因になっている。以上日米多国籍企業の特徴を通してみたように,一口に多国籍企業といってもその実態は,国ごとに大きな違いがあることが理解される。
【多国籍企業と国民経済】企業の多国籍化は,国民経済・国家主権とどのような関連をもつだろうか。まず,多国籍化そのものは,今後も世界経済の相互依存化の進展・構造変化とともにすすんでいく性質のものである。先進工業国が低成長化すれば,それだけ多国籍企業の発展途上地域(とくにアジア太平洋地域)への進出もすすむ。発展途上国にとっても,生産力=雇用の増大・技術移転・外貨獲得などのために外国企業に対する期待は強い。しかし反面で,多国籍企業と国民経済とのあいだに原理的な矛盾関係があることを見過ごしてはならない。第1に多国籍企業は世界的規模で企業内分業をひろげつつ,生産過程を合理化して成長をすすめている。その結果,多国籍企業の行う資源の分配が,国民経済の優先順位と一致するとは限らないという問題がおこる。多国籍企業の世界的規模での生産・販売計画に関する最高意思決定は,本国大都市に置かれた本社で行われ,地域的な調整や本社との意思フィードバックは地域の大都市(たとえば東京やシンガポール)に置かれた地域本部で行われ,各国の生産現場が全体の意思決定に関与する可能性は少ない。その結果,本社所在地では知識・情報・研究開発資源が発達させられるのに対し,地域本部では主として事務資源が,また生産現場では労働力資源が雇用され,いまの資源の不平等な賦存状態が多国籍企業を通じて改善しないという事態も十分考えられることである。第2に,企業の多国籍的活動が投資国・受入国双方にとって必ずしも好ましくはないような商慣行を伴う事例も広くみられる。その一つは,タックス=ヘーブンと呼ばれる税率の低い地域に子会社を設け,本国・工場所在地とこのタックス=ヘーブン国間の企業内取引により利潤を移転し,多国籍企業全体としての税金を引き下げることができる。バハマ・カイマン島・香港・シンガポールなどはこのようなタックス=ヘーブンとして有名な地域である。こうした利潤移転の方法として,企業内輸出入価格を操作する振替価格と呼ばれる方法がとられる。たとえば,子会社が親会社から輸入する原料・部品価格を通常の親会社の輸出価格より引き上げれば,子会社所在国での利潤を少なく計上することができる。また,子会社からの輸人品を第3国子会社を通じて輸入すれば,それだけ本国での利潤を第3国に蓄積することができる。1983年度には,日本の輸出入の約6割を統制する9大商社中7社までが,振替価格や海外投資控除などを用いて,法人税申告ゼロという事態がみられた。さらに,多国籍戦略により子会社の輸出先を割り当てたり(子会社間での競争がおこらないようにするため),原料輸入先を親会社に限るような制限的商慣行も広く報告されている。このほか,多国籍企業が膨大な資金を動かすことから,国の金融財政政策が影響を受ける場合もある。金融引締め政策をとっていても,多国籍企業が資金を大量に移入すれば,通貨発行量は増大するし,こうした投機的な資金移動が,1国の為替レートを不安定化させることも当然考えられる。1980年代前半に,日本が経常黒字の大幅な黒字にもかかわらず,円安となったのは,アメリカの高金利による大企業の資金移動のためであった。第3に,多国籍企業はそれ自体ヒエラルキー的であるために,権威主義的・中央集権的体制と結んで汚職腐敗を生む可能性があるし,また大規模生産を特徴とするため,文化の一元化をすすめて,地方固有の文化を破壊しやすい。多国籍企業が自分に不利な政策を行う政府に対して,反対派に資金援助をし,政府転覆を企てた例もチリなどでみられた。また,労働組合にとっても,賃金原資が移出されたり,国ごとに行われる組合運動の取引力が減殺されたりする問題がある。また,意思決定機構や情報が一元化されているので,地域や国別の団体交渉や経営参加も行いにくい。
以上のように多国籍企業が,国民経済とのあいだに幾つかの原理的な矛盾点をもつために,多国籍企業が将来の世界秩序・国際関係に占める位置を考察しておこう。
【多国籍企業と国際秩序】多国籍企業が形成する世界秩序については,二つのレベルでこれを考えることができる。すなわち,自由主義的な秩序と,新国際経済秩序のように国家主権や公共政策を前面に出す秩序である。表2にこの二つのレベルごとに多国籍企業が形成しうる国際秩序を要約した。まず,前者の自由主義秩序のもとでは,多国籍企業は二つの形態をとることができる。第1は,帝国主義モデルで,これは投資国政府と多国籍企業の結合度が高い場合に必然的に現れる。すなわち,多国籍企業は,投資国・受入国政府と結びつきつつ,受入国の経済を支配する。この場合,受入国では投資国に対して従属的な経済構造が形成される。このモデルでは国際紛争が,投資国と受入国間に発生する(モデルI)。次に,自由主義秩序のもとで多国籍企業が独自の成長をつづけ,国家と結合度が弱まった場合には,モデルIIの多国籍企業王国の型が出てこよう。このケースでは,多国籍企業が国家主権を弱める形で,自己の経済活動を展開する。これは大型コンピュータ・食品・化学など1部の産業ですでに現れている形態である。この場合には,紛争は多国籍企業と投資国,受入国双方間に発生しうる。また,新国際経済秩序が進展する場合にも,二つのモデルが考えられる。一つは,多国籍企業と投資国の結びつきが強い場合であり,各国が自国企業を盾として市場の分割競争に乗り出すことが考えられる。これは,モデルIIIの新重商主義と呼ばれる型である。この場合には地域経済ブロックも形成されやすい。紛争は諸国家間におこることになる。最後に,新国際経済秩序が実現し,かつ多国籍企業と国家の結合度が弱まっていくとき,そこには企業の多国籍活動が拡大しつつも,各国が自国での経済活動に主権を確立し,各国で地元側が多数株をもちつつ,なお国際的に企業が連携しあうモデルIVの多国籍連合が成立する。この場合に,多国籍企業の支配力は,新国際秩序によって制約される。国家間,企業間,国家と企業間に紛争はおこりうるが,一方で国家と企業の支配力が減じられているから,紛争の程度は最も軽微なものとなろう。他の3モデルからモデルIVの方向に国際秩序をむけていくためには,国際レベル・国家レベル・地方レベルでの多国籍企業規制策が重要となる。国際レベルでは,1976年に OECD が多国籍企業・国家の遵守すべきガイドラインを発表しており,国際連合でも,国連多国籍企業行動規準が審議されている。国家レベルでは反独占・カルテル法の強化,公正労働基準の適用がある。また,地方レベルでは情報公開・環境影響評価・合算課税などの措置が考えられる。
〔参考文献〕西川潤『多国籍企業と第三世界』1976,毎日新聞社
宮崎義一『現代資本主義と多国籍企業』1982,岩波書店
宮崎義一編『多国籍企業の研究』1982,筑摩書房