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●武野紹鴎 たけのじょうおう

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 1502〜55(文亀2〜弘治1)村田珠光の茶の湯を徹底して深化し,佗び茶の根本を説いた戦国時代の茶人。次代の千利休らに強い影響を与えた。堺の皮屋商人の家に生まれる。27歳のとき,連歌師印政の手引で三条西実隆と対面。以後実隆の死ぬ35歳になるまで古典と和歌を学ぶ。宗碩ら当代の著名な連歌師にも親しんだ。茶の湯は宗悟・宗陳らに学んだが,これは村田珠光系の藤田宗理につらなる能阿弥以来伝統の書院茶の湯の系統であった。実隆の『詠歌大概』の序の講釈によって茶の湯も極意を得,紹鴎と号し,のち堺の大林宗套から一閑居士号を受ける。珠光の四畳半茶の湯をいっそう清潤化し,小座敷のうちに心のやすらぎを求める。これが紹鴎の創始になる佗び茶の真髄といわれる。津田宗久・今井宗久は高弟にあたる。晩年は京都四条夷堂のとなりに茶室大黒庵を設け,静かに茶の湯の教えをつづけた。三畳・二畳半小座敷の創作は紹鴎の茶を象徴する。香道でも一家をなした。