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●武田勝頼 たけだかつより

アジア 日本 AD1546 室町時代

 1546〜82(天文15〜天正10)戦国大名。信玄の4男。母は諏訪頼重の娘。通称四郎。1560年(永禄5)6月諏訪の名跡となり,ついで信濃伊奈郡高遠城に在城したので,伊奈四郎勝頼と呼ばれた。1573年(天正1)信玄の死後,家督を継いで領国を経営,父の遺志をついで織田・徳川両氏と対抗,1574年美濃を侵し,遠江・三河に進出,徳川家康の属城高天神城を抜いた。1575年5月,再び三河に出て長篠城を囲み,織田・徳川連合軍とこの地に戦って大敗,山県・馬場・内藤・原・真田以下の宿将を失った。長篠の合戦という。頽勢を挽回しようとして,1578年には越後の上杉景勝と同盟を結び,東上野をも領し,連年遠江・三河に兵を出したが,やがて徳川氏に遠江・駿河を侵され,形勢日に非となり,1582年2月離反した木曽義昌を討ったが,これを救援した織田信長に攻められ,ついに本拠地甲斐に侵入され,3月天目山麓の田野の地で子信勝・妻北条氏とともに自刃,戦国大名武田氏は滅亡した。