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●滝川事件 たきがわじけん

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 京大法学部滝川幸辰の休職処分をめぐって,文部省と京大とのあいだに発生した抗争。1933年(昭和8)初めの第64議会で,前年の司法官赤化事件の根源は帝大法学部の赤化教授にあるとする右翼議員の攻撃に端を発し,4月,文部大臣鳩山一郎は京大に対し,滝川教授の著書や講演が共産主義的だとして総長小西重直を通して辞職を要求し,京大総長以下京大の教授・学生の反対を押切って5月26日休職処分を発令した。法学部全教官は,処分は学問の自由と大学の自治を侵すものとして抗議のため辞表を提出,東大ほか各官・私大の学生も抗議運動に立ち,大学自由擁護同盟を結成した。しかし文部省は強硬で,小西に代わる新総長松井元興の進達をまって強硬派の佐々木惣一ら6教授を免官した。これに抗議して他の14教官も辞職,全教官の3分の2が京大法学部を去った。戦後滝川は法学部長に復帰,残留教官は放逐された。

〔参考文献〕滝川幸辰『激流』1963,河出書房

『京都大学七十年史』1967