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●高村光雲 たかむらこううん

アジア 日本 AD1852 江戸時代

 1852〜1934(嘉永5〜昭和9)彫刻家。江戸浅草の香具師中島兼吉の二男として誕生,光蔵と名づけられた。11歳で仏師高村東雲の徒弟となり,幸吉と通称される。師の姉悦の家を継ぎ高村姓を名乗った。東雲没後,衰微した木彫りの道をまもり,新たな写実を模索して頭角を現したが,明治22年岡倉天心に見出されて東京美術学校に奉職,翌年彫刻科教授・帝室技芸員となる。『楠木正成銅像』や『西郷隆盛銅像』の制作を指揮,大作『老猿』を彫るなど,三代にわたる巨匠として,木彫の伝統を近代につなぐ大きな役割を果たし,門下に山本瑞雲・米原雲海ら優れた木彫家を輩出した。古社寺保存のことにも力をつくす。帝国美術院会員。大正15年東京美術学校を退職。名誉教授。著書に巧みな実話を編んだ『光雲懐古談』(1929)があり,光太郎はその長男,無形文化財保持者の鋳金家豊周(とよちか)は三男である。1934年10月胃癌により83年の生涯を終わった。

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