●高村光太郎 たかむらこうたろう
アジア 日本 AD1883 明治時代
1883〜1956(明治16〜昭和31)彫刻家・詩人。高村光雲の長男として東京下谷に生まれた。東京美術学校彫刻科に学び,短歌結社新詩社に属する。早くからロダンにひかれたが,1906年〜09年(明治39〜42)米・英・仏に留学。解放された庶民の生活を知り,人間の名に値する生と美の土壌を培うことを願って絵画・彫刻の制作に従う一方,画廊ロウカンドウ※注1※をはじめ,パンの会に属し,フュウザン会・生活社展をおこすなど,激しい芸術運動を展開した。初期の優作『手』や成熟した胸像群,木彫小品など数々の彫刻作品を残し,700をこえる詩篇は道を求める刻々の生を記録して,ときに詩集『道程』(1914)や亡妻への絶唱『智恵子抄』(1941)となる。『ロダンの言葉』(1916)などの翻訳もまた広範な影響を与えた。太平洋戦争後岩手の山村に独居7年,詩集『典型』(1950)を生んだが,十和田湖畔に建つ裸婦像制作のため帰京。完成後ついに立たず,1956年4月肺結核のため73年の生涯を終えた。
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