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●高橋是清 たかはしこれきよ

アジア 日本 AD1854 江戸時代

 1854〜1936 銀行家・政治家。東京出身。仙台藩留学生として1867〜69年米国で学ぶ。帰国後官吏,1892年日本銀行に移り,1895年横浜正金銀行入り,1899年日本銀行副総裁。日露戦費調達と戦後財政処理に成功し,1907年男爵となる。1911年日本銀行総裁。1913年,山本内閣の蔵相となり,立憲政友会に入党。1918年原内閣蔵相,第一次世界大戦を通じ積極財政を行い好況を招いたが,一方,戦後の財務整理を怠り反動恐慌の原因をつくった。1921年首相兼総裁となるが,閣内不統一で1922年総辞職。1924年,第二次護憲運動に爵位を辞し参加,当選して護憲三派内閣に入閣した。1925年政友会を引退。1927年金融恐慌の際,田中内閣の蔵相として支払猶予令を発した巨額の損失補償により財界と大独占資本の利益をはかった。つづいて犬養・斎籐・岡田内閣の蔵相として金輸出を再禁止し,満州事変のもとでは,軍部と金融資本の妥協をはかって赤字財政=インフレーション政策を行ったが,1936年二・二六事件のとき暗殺されている。

〔参考文献〕『高橋是清自伝』上・下,中公文庫

大島清『高橋是清』中公新書

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