●高浜虚子 たかはまきょし
アジア 日本 AD1874 明治時代
1874〜1959(明治7〜昭和34)近代の俳人・小説家。松山市長町新町に生まれる。松山藩士池内庄四郎政忠の四男。本名清。1888年伊予尋常中学に入学,学友河東碧梧桐を通じ,先輩正岡子規に兄事。1892年三高に入学,1894年二高に転校,中退上京。松山で創刊された俳誌を,1898年以後「ホトトギス」として東京で編集,子規の指導協力を得て,新派俳句全国に普及。1902年子規没後,文章会もつづけ,夏目漱石の『吾輩は猫である』を掲載,刺激をうけて小説に熱中,『鶏頭』序に漱石は低徊趣味と称賛,自然主義隆盛期に一異彩を放った。1913年(大正2)俳壇に復帰,守旧派として伝統を擁護し,水巴・鬼城ら,1927年(昭和2)花鳥諷詠を唱え,秋桜子・誓子ら4S時代,風生・草田男ら俊秀を輩出。明治・大正・昭和三代を通じホトトギス王国を築いた。1954年文化勲章受賞。鎌倉で没。従三位勲一等瑞宝章追贈。〔参考文献〕『定本高浜虚子全集』16巻,1974.75,毎日新聞社,改造社・創元社版あり
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