●高橋由一 たかはしゆいち
アジア 日本 AD1828 江戸時代
1828〜94(文政11〜明治27)明治洋画草創期の巨匠。下野佐野藩士の子として江戸に生まれる。名は浩,維新後由一と改める。字は剛,号は藍川・華陰逸人。生来病弱のため洋学・蘭学に関心をもつ藩主の影響もあって武芸を諦め,11歳ごろから狩野派に学び画業に専心,20歳まもなくのころオランダの石版画を見て開眼。1861年34歳のとき幕府の蕃書調所画学局に入り川上冬崖に指導を受け,このころ司馬江漢と出会う。38歳横浜にいたイギリスの新聞記者ワーグマンに入門。翌年藩命で上海へ,ついで幕府遣欧使節団の一員として渡欧。オランダの油彩画に刺激される。40歳のとき明治維新となり,その後下級官吏・教員を1年ずつでやめ,45歳のとき日本橋に画学場天絵楼(後の天絵社)を創設,塾生の指導に当たり,49歳ごろ『鮭』図なる。52歳わが国最初の美術雑誌「臥遊席珍」を創刊。54歳のとき来日したイタリア画家フォンタネージに油絵を教わる。代表作『鮭』『花魁』など。