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●高田屋嘉兵衛 たかたやかへえ

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 1769〜1827(明和6〜文政10)幕末の海運業者。弥吉の長男として淡路国津名郡都志村に生まれる。貧家に育つも,1792年(寛政4)兵庫で回漕業によって家運をおこし1795年(寛政7)1,700石積の辰悦丸を建造,以後事業拡大する。主として蝦夷地を中心に交易,1799年(寛政11)近藤重蔵らとともにエトロフ航路を開き漁場を設置する。翌1800年(寛政12)11月幕府から蝦夷地御用船の建造・回漕を命ぜられ瑞穂丸以下5隻の大船を建造する。1801年(享和元)苗字帯刀を許可される。1806年(文化3)には幕命により蝦夷地産物売捌方となる。ついで1811年(文化8)5月国後に寄港した露軍艦ジアナ号の守備兵ゴローニンらを捕え,ロシア人の不法な掠奪の戒めとして箱館に投獄したが,翌1812年(文化9)ケムライ岬沖合で水夫とともに抑留,カムチャツカで拘囚の身となる。そこで露語を習得し両国融和の努力とゴローニン救出の約束をもって釈放される。約束を果たしたのち改めて幕府の蝦夷御用船頭に任ぜられる。1827年(文政10)4月5日,50歳で没す。

〔参考文献〕瀬川亀之・岡謂城『高田屋嘉兵衛』1943

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