●多賀城 たがじょう
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律令政府の東北経営の拠点として重要な意義をもつ城砦。宮城県多賀城市に遺跡があり,付近には東北歴史資料館が設置され多賀城跡発掘調査のめざましい諸成果を生き生きと展示,数冊の読書にまさる実感が得られる。築城は養老以前,養老6年の2説がある。大野東人が軍事上の拠点として築城したといわれる。鎮守府として重視され,ほどなく国府併置となって行政官庁の性格も加わった。鎮守府将軍・陸奥国司以下,兵士・柵戸を擁する要衝であったが,奈良時代,伊治公の手に陥ちるなど波乱も少なくなかった。延暦21年鎮守府が胆沢に移ったのちも陸奥国府として存続。前九年後三年の役,くだって南北朝期にも軍事拠点とされた。城址は仙台平野北端に位置し,外城の規模は東西約0.9km,南北約1.1km,ほぼ中央に内城があり礎石・土塁の1部が残る。史跡公園として整備され,漆紙文書の発見など,発掘の成果もめざましい。付近に多賀城碑があり,真作説が有力となっている。