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●高倉天皇 たかくらてんのう

アジア 日本 AD1161 平安時代

 1161〜81(応保1〜養和2・治承5)第80代天皇。名は憲仁。後白河天皇の第7皇子。母は平時信の女建春門院滋子。1165年(永万1)12月親王宣下。1167年(仁安1)10月六条天皇の皇太子となり,1168年(仁安3)3月,後白河法皇の院政下で即位した。しかし,時あたかも平清盛の勢威が最盛期をむかえるときであったから,ただ虚位を擁するにすぎなかった。法皇と清盛の対立がそののち激しくなり,鹿カ谷の陰謀事件などをへて,1179年(治承3)11月の政変によって法皇が鳥羽殿に幽閉されると,清盛の女婿である天皇はこれを深く憂えて,翌1180年2月安徳天皇に譲位し,名目的ながら院政を行ったが,翌年正月14日に没した。天皇は学を藤原頼業にうけ,笛を藤原実国に学んで妙をきわめ,しばしば侍臣を清涼殿に集めて詩を賦し,笛を興じたという。陵は京都市下京区清閑寺町にあり,のち清閑寺町と称せられた。